原子間力顕微鏡を用いた高分子ナノメカニクス

2021年03月02日

ゴムタイムス社

*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。
*記事で使用している図・表はPDFで確認できます。

特集1 次世代に求められるゴムの分析・解析技術

原子間力顕微鏡を用いた高分子ナノメカニクス

東京工業大学 中嶋 健

1.はじめに

 本稿では原子間力顕微鏡(AFM)と呼ばれる装置を用いて、ゴムそしてプラスチックのナノスケール力学物性解析を行う手法について紹介する。AFMは1986年にG. Binnig、Ch. Gerber、C. Quateらによって開発された比較的新しい「顕微鏡」1)であるが、レンズを使って結像させる普通の意味での顕微鏡とは異なり、先端の鋭い探針で測定対象の表面をなぞることで、表面の凹凸像を得る手法である。探針を表面に沿ってなぞるのではなく、表面に対して押し付けることでその部分の硬さなどの力学的情報を得るためにも用いることができる。いわゆる硬度計、インデンターや接着業界であればプローブタック試験のプローブだと思っていただければ想像しやすいのではないだろうか。重要なのは、探針先端の鋭さがナノメートルオーダーに達するということで、結果として非常に高い空間分解能で力学試験を行うことができる点にある。メカニクスという言葉には機械学、力学などいくつかの意味が含まれるが、筆者は「力学」を採用してこの言葉を使っており、したがって本稿のタイトルにある「高分子ナノメカニクス」とはAFMを用いて「高分子の構造と物性をナノスケールで調べる学問」ということになる2)。
 今年6月の初旬にNHK総合の「チコちゃんに叱られる!」という番組に出演させていただいた。そこでは「ゴムが伸び縮みするのはなぜ?」というテーマが与えられ、「ゴム分子の気持ちになればよくわかる」と解説した。「ゴム分子の気持ち」とは甚だしい擬人化であるが、皆様もものづくりの現場ではそのような心構えで材料と接していらっしゃるのではないかと思う。引っ張ってみたり、圧縮してみたり、温めてみたり、冷やしてみたりして材料の応答を観察されているはずだ。しかしマクロスケールの材料からの応答は、非常に多数の構成成分からの応答である。さらにアロイ・ブレンドやコンポジット材料のように材料の中には複数の異種成分が含まれるのが普通であるから、彼らの「気持ち」が全て同じであるわけがない。ナノスケールで調べることの意義はそこにある。「分子」のスケールには一歩足りないのだが、分子の「気持ち」にほんの少し近付いて彼らのことを思いやることができる。
 本稿ではいくつかの事例を挙げて「高分子ナノメカニクス」の現場をご紹介する。

2.ゴムのナノメカニクス

 そもそも筆者がゴムの研究を始めたのは、学生時代の恩師であった西敏夫教授が東京工業大学にご異動になられるタイミングで助教として呼び戻していただいた2003年に遡る。西教授と研究室のメインテーマに何を据えようかと議論した際、「ゴムがやりたい」とのお言葉があり、それが嚆矢となったのである。博士課程在籍中そして理研でのポスドク時代を通じて武器にしていたAFMがその目的に使えることを直感し、まず始めたのが天然ゴムの伸長構造の研究3)とフィラー充塡ゴムの界面領域の研究4)であった。それぞれの研究は、現在にも続く研究の流れを作ってくれたという意味で非常に重要な研究であった。しかし約15年経った今、これらのデータを見るとその間の進歩がはっきりとみて取れるのも事実である。
 図1に示したのは天然ゴム(NR)にカーボンブラック(CB)を10 phr充塡したナノコンポジットの弾性率マッピングの結果4)である。当時の記録によると、最大押し込み力6.0 nNで探針を試料の1点1点を押し込み、画像を得ている。そのデータ数は64点×64点であったようだ。画像サイズは2.0 µmである。図1(a)の凹凸像には約100 nm程度の直径の球状構造がみられるが、CBの一次粒子径が30 nm程度であることからCBのアグリゲートだと判じていたようである。図1(b)の弾性率像は図1(c)の各点の押し込みの様子(フォースカーブ)に接触力学として最も簡単なHertz理論(図中の実線)でフィッティングした結果得られた値をプロットしたものである。CBの直上は1.01 ± 0.03 GPaでCBの弾性率そのものではない。周囲に必ずゴムがあるのでそれらを同時に押し込むためだと考えられるが、論文ではCB周囲にまとわりついている、いわゆるバウンドラバーの弾性率である可能性もあると論じている。西教授がパルスNMRを用いて

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