ダイセルは10月2日、早稲田大学理工学術院の小柳津研一教授および渡辺清瑚次席研究員らの研究グループと共同で、これまで達成が難しいとされてきた誘電正接0・001未満の低誘電材料の開発に成功したと発表した。
低誘電材料は、次世代の高速・大容量通信に欠かせない要素技術だが、通信に用いる電波の周波数が高くなるほどエネルギー損失が増大する課題を抱えている。来たる6G通信の実装(2030年頃)に向けて、材料の電気絶縁性を飛躍的に高めることが強く求められている。
同研究では「ポリ(フェニレンスルフィド)誘導体」という構造に着目し、高周波電気信号への応答性を大幅に抑制することで、従来材料を凌駕する世界最高水準の低誘電特性を実現した。同研究は、高速大容量通信における回路基板材料の新たな設計指針を提示するものであり、将来的には「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できる通信技術の実現につながる可能性がある。
同研究成果は、2025年8月16日にNature系列誌「Communications Materials」にオンライン掲載された。
同研究グループは、低誘電プラスチックの分子構造から極性を持つ官能基を排除し、電気信号への応答性を極限まで抑えることで、誘電率や誘電正接を更に低減できると考えた。そこで、極性の低いスルフィド結合分子運動性の低いベンゼン環から構成される「ポリ(フェニレンスルフィド)(PPS)誘導体」に着目し、電気信号に伴う分子振動を抑えられる化学構造を導入することで、従来の低誘電材料を凌駕する低誘電特性を実現できることを見出した。
そこで、研究グループは、従来の低誘電材料であるPPOの酸素原子を硫黄に置換したジメチル置換PPS(PMPS)と、これらの交互共重合体P1に新しく着目した。
誘電特性を測定したところ、分子構造に含まれるPMPS骨格の割合が多いほど、スルフィド結合の低い極性に由来して誘電正接が減少し、特にPMPSでは10GHzにおいて 0・001未満の極めて低い値を示した。一方、硫黄は高い分極率を有することから誘電率は増加したものの、最大でも2・80に留まり、低誘電材料として十分に機能することが分かった。すなわち、PPS誘導体は従来材料と同等の低い誘電率を保ちながら、誘電正接を大幅に低減できることが明らかとなった。
さらに、PPO骨格とPMPS骨格を交互に配置したP1は、他の高分子と異なり周波数が増加しても誘電正接がほぼ変化せず、80GHzにおいても安定して0・002未満の低誘電正接を維持した。また、この低い周波数依存性は170GHzという更に高い周波数帯でも維持された。詳細な機構を調べると、PMPS骨格とPPO骨格が交互に並ぶP1でのみ極性が微小に偏り、高分子鎖間に静電相互作用が発現することで電気信号に伴う分子運動が抑制され、幅広い周波数帯においてエネルギー損失を抑えられることが分かった。
今後、このコンセプトを多様な高分子構造に展開することで、更に優れた低誘電特性を示す材料が網羅的に開拓されることが期待できる。得られた材料が第6世代移動通信システム(6G)に実装されれば、「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できるようになり、データの処理速度の飛躍的向上、IoTの普及拡大、ウェアラブル機器の高性能化など、大きな社会的波及効果も期待できる。
同成果では、極めて低い誘電正接を示す有機材料の分子設計を初めて実証したが、その下限がどこにあるのかは未知数となる。今後は、PPS誘導体の構造を部分的に改変した高分子や、他の硫黄含有ポリマー、さらには架橋高分子にも対象を拡張し、高分子材料が到達し得る低誘電特性の限界を追究したいと考えている。
2025年10月06日
