専門技術団体に訊く22 団体インタビュー ソフトマテリアル研究センター 陣内浩司センター長

2026年08月01日

ゴムタイムス社

専門技術団体に訊く22 団体インタビュー

ソフトマテリアル研究センター 陣内浩司センター長

ソフトマテリアル研究センターの組織図

 

先端計測と計算科学の融合が進展

マテリアル分野の課題解決をワンストップで支援

 ソフトマテリアル研究センター(以下、センター)は、最先端の電子線解析を中心とする「マルチモーダル計測」と「マルチスケール計算学」を融合させることで、ソフトマテリアルの原子・分子レベルの姿を可視化し、諸課題に対してワンストップ・ソリューションを提供しています。陣内浩司センター長(東北大学多元物質科学研究所)に、センター設立の経緯から事業活動、現状の課題、今後の展望について伺いました。

──ソフトマテリアル研究センターの設立経緯と背景は。

 センターは2020年に「ソフトマテリアル拠点」としてスタートしました。当時、世界的には放射光施設に隣接して電子顕微鏡施設を設置する潮流があり、英国の放射光施設(Diamond Light Source)ではクライオ電子顕微鏡施設が隣接しています。

 クライオ電子顕微鏡は、もともとタンパク質の構造解析のために開発された装置です。その開発に貢献した3名の研究者には2017年にノーベル化学賞が授与され、生命科学に大きな革新をもたらした技術として広く知られています。タンパク質の構造解析には、放射光を用いる方法とクライオ電子顕微鏡を用いる方法の2つがあり、両者は相補的な関係にあります。片方だけでは誤った結論に至る可能性があるため、生物物理学の分野では両方を組み合わせて研究することが一般的です。

 しかし、宮城県仙台市にあるナノテラス(次世代放射光施設)にクライオ電子顕微鏡施設を新設することは現実的ではありませんでした。そこで、電子顕微鏡研究の長い歴史と実績を持つ東北大学多元物質科学研究所をカウンターパートとし、ソフトマテリアル拠点を設立しました。現在、クライオ電子顕微鏡は多元物質科学研究所が所有しており、その利用窓口の一つとしてセンターが機能しています。2024年4月には組織改編により、多元物質科学研究所直轄の「ソフトマテリアル研究センター」として新たに設立され、現在に至っています。

 クライオ電子顕微鏡は創薬分野での利用が多いですが、センターではこれをマテリアル分野に応用している点が大きな特徴です。その応用例として、口紅(油性試料)などの化粧品の微細構造観察、食品の観察などが挙げられます。2020年時点では、マテリアルにクライオ電子顕微鏡を応用した例はほとんどありませんでしたが、近年では電池セパレーターや生分解性プラスチックなどの構造解析にも利用されるようになっています。

クライオ電子顕微鏡

──ソフトマテリアル研究センターの構成について。

 センターは、縦軸に計測・解析グループと計算・解析グループ、横軸にマテリアルサイエンスとライフサイエンスのグループを配置し、計測と計算を融合させた研究体制を構築しています。計測データを正しく理解するためには計算科学が不可欠であり、計算分野の専門家もメンバーとして活動しています。

 センターの活動は、ソフトマテリアルの観察用に最適化された電子顕微鏡群を活用しながら、企業との連携を中心に展開しています。通常、共同研究は企業と研究者(研究室)、計測グループ、あるいは計算グループが1対1で行うことが多いですが、センターでは共同研究のテーマに沿って最適な研究者や計測・計算を組み合わせたチームを組織し、そのチームで一丸となって対応します。このように、共同研究の対応をセンターに一本化することで、ワンストップでの問題解決が可能となり、他の研究センターとの差別化につながっています。

 また、近年は多元物質科学研究所とともに展示会へも出展を行い、センターの取り組みを紹介する活動も積極的に行っています。センターの構成メンバーは多元物質科学研究所の教員に加え、工学部・理学部の教員も参加しており、メーリングリストなどを活用することで、各教員の研究成果も紹介しています。

陣内浩司センター長

──現状の課題に対する取り組みは。

 最大の課題は、センターの知名度がまだ十分ではないことです。現在、センター専任のスタッフはおらず、竹井晴彦特任教授(東北大学多元物質科学研究所)が相談窓口として対応しています。多元物質科学研究所の産学連携をいかに支援し、活性化させるかがセンターの重要なミッションです。

 

──5年を振り返って。

 個人としては、産学連携の共同研究の幅が大きく広がりました。個別研究では計測中心の共同研究になりがちで、計算分野の知見に触れる機会が少なかったのですが、センターでは計算グループの意見も取り入れることができ、研究の新しい方向性を見出すことができています。

 最近では、ソフトマテリアルと無機材料の接着、また、タイヤ材料の構造と物性などについて、化学メーカー・タイヤメーカー・化粧品メーカーなどからの相談が増えています。

 共同研究は時間を要し、1件あたり3〜5年かかることが多いです。センターとしては短期的な成果ではなく、本質的な課題に長期的に取り組む姿勢を重視しています。

 もう一つの課題は、センターに参加する教員全体の底上げです。これまでは私が主体となる研究が多かったのですが、今後は他の教員の研究が注目され、センター発の共同研究が広がる流れを作りたいと考えています。そのための施策として、上に述べたようなメーリングリストでの教員の研究成果の発信を積極的に行い、共同研究のきっかけづくりを進めています。

 

──今後の展望について。

 ゴム材料に限らず、ソフトマテリアルの物性制御に重要な結晶性高分子材料などにも対応範囲を広げていきます。

 近年、社会的に喫緊の課題となっている「材料の循環」という観点では、プラスチックやゴムをどのようにリサイクルするかが重要であり、企業の関心も高まっています。プラスチックといってもポリオレフィン、エポキシ樹脂、エンジニアリングプラスチックなど多様であり、研究対象の裾野を広げていく必要があります。

 センターでは、企業がなかなか取り組めない領域である「根本原理の理解に基づく基礎研究」を進め、それを応用につなげることが使命と考えています。2020年のセンター設立から5年が経ち、ようやく初期に共同研究契約を結んだ会社との成果が見え始めた段階です。企業がセンターで得た知見をどのように製品へ反映させるか、その成果が他企業へ波及し、新たな共同研究につながることを期待しています。

 繰り返しになりますが、大学の存在意義は基礎研究にあり、企業と同じ応用研究を行っても意味がありません。先端計測・先端計算技術に特徴のある「ソフトマテリアル研究センター」として、今後はさらに広範なソフトマテリアル、例えば、液晶、ディスプレイ、半導体、汎用プラスチック、特殊プラスチックなどにも範囲を拡げながら、引き続き様々な課題を抱える企業に貢献していくことができればと考えています。

*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。