活躍するリケジョ019 東洋紡エムシー 虎谷美波さん

2025年08月05日

ゴムタイムス社

活躍するリケジョ019 東洋紡エムシー

バイロン開発セクション接着・コーティング開発グループ 虎谷美波さん

塗料や接着剤のバインダー樹脂の開発に携わる
自社の重合技術で新市場の開拓に挑戦

 東洋紡エムシーは、2023年4月に事業を開始した東洋紡と三菱商事との合弁会社で、東洋紡の環境・機能材事業を担います。同社は「環境ソリューション」「モビリティ・電子材料」部門で、積極的な成長施策を展開しており、モビリティ・電子材料分野では、自動車の軽量化に求められる高機能樹脂(エンジニアリングプラスチック)や、接着剤・塗料・コーティング剤用原料樹脂などがあり、そのひとつが共重合ポリエステル樹脂「バイロン」です。そのバイロンの開発に携わっている、バイロン開発セクション接着・コーティング開発グループ、入社4年目の虎谷美波さんにお話をお聞きしました。

 ◆バイロン開発セクションではどのような開発を行っていますか。

 私が所属するグループでは、溶剤可溶性の非晶性ポリエステル樹脂の重合を中心に行っており、作成した樹脂は最終的に塗料や接着剤、コーティング剤の原料に使用されます。用途で言えば、缶や軟包材に代表される食品包装用途と、家電や自動車に代表される工業用途で使用されることが多いです。

 そして、他のグループでは、電子回路に使用される高機能接着剤の開発や、自動車用途で使用される結晶性ポリエステル樹脂エラストマーなどを取り扱っています。

 ◆バイロンの開発の中で、どのような仕事を担当されていますか。

 私は、主に家電用PCM ( precoated metal )※塗料、接着剤などに使用されるバインダー樹脂の開発に携わっています。業務としては、樹脂の組成検討から塗料性能評価、特許出願、製造スケールアップ、さらにはお客様との技術打合せまで一貫して行っています。そのため、営業、生産、品質保証、知財と関わる人も多く、連携しながら働くことが多いです。

 また、様々な共重合ポリエステル樹脂の中でも、自社製品のバイロンは分子量が大きく、高分子末端の水酸基またはカルボキシル基当量を自在にコントロールできる点が強みです。高分子量由来の強靭な塗膜は接着性と加工性に優れ、末端官能基の制御は基材密着性や硬化剤硬化性の向上に寄与します。自社の重合技術によって、様々な特性の樹脂を作成できるため、新市場の開拓にも挑戦しています。
※PCM ( precoated metal )…成形前にあらかじめ塗装した金属素材のこと

 ◆現在の仕事のやりがいを教えてください。

 やりがいを感じる場面は大きく2つあります。

 1つ目は、お客様や社内のメンバーと対話をしながら、課題を一緒に乗り越えていく過程です。人と話すことが好きなので、対話から新しいアイディアやヒントが生まれる瞬間に、仕事の面白さを感じます。

 2つ目は、自分が開発した材料が実際に製品として世に出ていく瞬間です。担当した「バイロン691」という製品は接着性と耐久性を兼ね備えます。2年がかりで製品化を行い、現在は海外市場に流通しています。このように、形になるまでのプロセスに関われることが何よりの喜びです。

 ◆また、仕事をする上で、心がけていることを教えてください。

 一番大切にしているのは、「相手の話を聞くこと」です。例えば、バイロン開発セクションでは、お客様に自社製品をよりよく使用していただくために、推奨使用方法と共に製品をお渡ししています。しかし、詳細な塗料処方や設備の違いから、お客様の実験ではうまく製品の性能が出ないこともあります。そうしたときに、自社での前提条件や処方を丁寧に伝えたうえで、お客様から相違点をしっかりと聞き取り、お客様の環境でも使用できる方法を提案するようにしています。お客様の目的や、置かれた環境をしっかり理解し、相手の立場に立って提案することが信頼関係の構築に繋がると考えています。

 ◆現在行っている開発を教えてください。

 現在は、洗濯機や冷蔵庫など家電製品向けのPCM塗料に使用されるバイロンの改良に取り組んでいます。最近の傾向として、従来の溶剤系塗料から環境対応型塗料へのニーズが高まっており、例えば、バイオマス、水系化、工程エネルギー削減など、CO2排出量削減対策の考え方により、新製品の設計が大きく変わります。既存技術が通用しない部分も多く、ゼロベースで材料設計を進めているところです。そのため、市場調査や技術調査にも取り組んでいます。

 ◆現在の部署の環境は。

 朗らかで、とても風通しの良い部署だと思います。若手の採用も多く、20~30代の若手研究員、40代の中心の管理職が在籍しており、そのうち私を含め数名の女性研究員で構成されています。グループの垣根を越えて相談しやすい雰囲気があり、仕事の進め方や、技術的な相談も気軽にできます。

 また現在、バイロン開発セクションの新しい研究棟の建設が進んでおり、その設計にも携わらせていただいています。部署では、様々な年齢・性別・ライフスタイルの方がいろいろな業務を行っているので、「連携して働きやすくするためにはどのような設計がいいか」を議論しつつ進めています。さらに、カフェスペースやフリーアドレスのデスクスペースなどの設置も計画しており、皆さんにとって心地よく働ける職場環境を目指しています。完成は27年を予定しており、私も楽しみにしています。

 ◆現在のお仕事を選んだ理由を教えてください。

 自分でも、アイディアの詰まった面白いモノを作ってみたいと思ったからです。そう思ったきっかけは、中学の化学の授業で、石鹸の汚れを落とすメカニズムを知ったときです。水にも油にもなじみやすい両親媒性という特性を利用した便利なものづくりに「面白い!」と思う半面、「やられたっ!」と思いました。成績のためにただ覚えればいいと思っていた特性も、アイディアによってはとても便利なものになるのだと知り、自分でもそんな「うまく考えたな」と思える製品を開発したいと思いました。

 その後、大学ではゴムや発泡スチロール、プラスチックなど様々な素材になるポリマーに興味を持ち、その重合をテーマに研究しました。工夫することで異なる特性の素材ができることに面白みを感じ、大学院卒業後も「高分子の研究を続けられる仕事がしたい」と思っていました。その中で出会ったのが、東洋紡です。東洋紡が開催した女性活躍推進のセミナーに参加したことがきっかけで会社の雰囲気に惹かれ、入社を決めました。面接などで「人が本当に優しい」と繰り返し聞いていたのですが、実際に入ってみて、それが本当だったと感じています。

 ◆入社されてからの職歴を振り返って。

 「高分子の重合に興味があります」と面接で伝えて、希望通りにバイロンの開発に配属が決まったとき、大変嬉しかったことを覚えています。その後、社会人初めてのテーマとしては、「バイロン691」という新製品の立ち上げを担当しました。配属初日から海外のお客様との打ち合わせに参加し、正直驚きの連続でしたが、そこから2年かけて製品化した過程は、自分の中でも貴重な体験になっています。生産のスケールアップや、特許出願、デザインレビューなど社会人になって初めて経験することも多かったですが、周囲の方に支えられて無事製品を上市することができました。学生までは、「“自分でも”面白いモノを作ってみたい」と考えていましたが、モノづくりは決して一人ではできないことを知り、私自身の経験や挑戦に快く協力してくださる現在の環境に大変感謝しています。

 ◆現在の職場環境について教えて下さい。

 2023年から東洋紡エムシーが事業を開始し、事業本部制から機能本部制に変わったことで、営業本部、生産本部、開発本部の3本部制になりました。今までは製品ごとの事業本部として動いていたのが、今は「開発」「生産」「営業」という軸で議論が進む体制になり、他の開発テーマとの連携がしやすくなっています。また、他の開発部門に所属する研究員との横のつながりも強くなりました。今まで以上にいろいろな人と関わり、様々な角度の考えに触れることができ、刺激的で楽しいです。

 そして、事業本部制の時は、営業担当がお客様からヒアリングした開発テーマや、市場調査をしてきたテーマに取り組むことが多かったですが、機能本部制になったことで開発本部の研究員たち自身でも高収益性が期待できるテーマを起案しようという仕組みが加わりました。技術者発信のシーズ型テーマ検討会議も定期的に開かれるようになり、若手でもアイディアを発信できる機会が増えてきました。自分の案に対して皆さんからフィードバックももらえるので、やりがいを感じています。

 ◆今後、どのような開発をしていきたいですか。

 石鹸に興奮したときから考えは変わらず、「うまく考えたな」と思える面白い製品を開発してみたいです。尖った特徴を持つ素材を作って、それをどのように社会に活かすかまでを考えて開発をしていきたいと思っています。そのためには、化学的な知識はもちろんですが、市場調査力や語学力といったスキルも高めていきたいです。学生の時はあまりイメージがなかったですが、企業での開発は実験スキル以外に市場にうまく参入する力も問われます。特に国内に限らず世界市場に目を向けた開発が進み、海外のお客様との接点が増えている今、英語力は重要だと痛感しています。まだまだ自分の至らない点に苦い思いをすることが多いですが、ありがたいことに周囲にお手本になる先輩が多いので、習い学んでいきたいです。私の関わった製品が、世界で使われる製品につながるような仕事ができたら嬉しいです。

*この記事はゴム・プラスチックの技術専門季刊誌「ポリマーTECH」に掲載されました。