【コラム連載シリーズ】創業者山田猪三郎の軌跡【6】~気球製作所豊間清氏

2017年08月28日

ゴムタイムス社

創業者山田猪三郎の軌跡

 前回は曽祖父が作成した、1号飛行船に同乗した女性記者をご紹介しましたが、今回は3号飛行船と関連するお話をさせて頂きます。

 「3号飛行船」

 2号飛行船(第4回に記述)の最後は悲惨なものとなり、度重なる事故で新聞報道などもだんだんと熱が冷めてきて、曽祖父もかなり気落ちしたようです。

 しかし猪三郎は不撓不屈の精神でそれにひるむことなく、臨時軍用気球研究会の会式イ号飛行気球の製作に参加し、その後3号飛行船の製造に着手しました。

 3号飛行船は1911年(明治44年)7月に容積1600立方メートル・125馬力と、2号飛行船をより大型化して完成し浮揚試験に成功、9月17日に大崎から離陸、品川・台場・日比谷・愛宕山・大崎と総飛行距離約20キロの周遊飛行に成功しました。

 人の操縦する物が本格的に東京の上空を長時間飛行したのは、これが初めてでした。そして、山田式飛行船の声価を再び大いに高めました。

 「空の日」

 1992年(平成4年)より9月20日は「空の日」となりました。以前は「航空日」といわれて1940年(昭和15年)に制定されたものです。

 私の手元にある1970年(昭和45年)9月16日の官報には、日野・徳川両大尉

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